井上有一の「噫横川国民学校」

75年前の3月10日は東京大空襲(1945年・昭和20年)があった日。

10日未明に アメリカ軍のB29が焼夷弾を投下して、火の海になりました。

10万人の人が死んだと言われます。横川地区(荒川と隅田川に挟まれた地区)で1000人の市民が亡くなりました。その中に、小学校卒業を目前にして疎開先から連れ帰った教え子6人が含まれていたのです。怒り、悲しみをぶつけた「噫横川国民学校」は33年を経て1978年(62歳)に書いたものです。1994年ニューヨークのグッゲンハイム美術館で展示されましたが、日本語で書かれた作品にもかかわらず大反響でした。鬼気迫る迫力は、読める、読めないことに関係ないのですね。

私も釈文を片手に 解読に努めましたが、全体像の把握に時間がかかりました。「・・・白骨死体火葬場の如し。生焼け女人全裸、腹裂け胎児露出・・・」「翌11日トラック来たり 一千体トラックへ投げ上げる。血族の者の叫声今も耳にあり」

所々に汚れたように残るシミは 何を物語るのか。そのシミが作品効果を上げていると言う見方は この場合、卑賎だと恥じます。

 

2020年(令和2年)3月5日(木)啓蟄 旧暦2月11日  NO152

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コメント: 1
  • #1

    名無し (火曜日, 23 8月 2022 14:12)

    河井克行の漫画、とめはねで知りました
    初めて見たときは何も読めないのに恐怖を覚えたこと
    泣きそうになったこと
    背景を知ってそれが確信に変わると文字の強さを知りました